プルトニウム238と239+240

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい。


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福島第一原子力発電所の周辺5点の土壌から、放射性物質プルトニウム(Pu)が検出された、
東京電力は3/29未明の記者会見で発表した。
これが、そのときの配布資料のキャプチャ画像だ。

単位はBq/kg。
5点の土壌におけるPuの同位体「Pu-238」と「Pu-239, Pu-240」の値が示されている。
「Pu-239, Pu-240」はPu-239と240の和を意味するものと思われる。
半減期について、238は88年、239は24000年、240は6600年。


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とある記者が
厚労省の暫定規制値(食安発0317第3号)を超えていると思われるが、どうか」
と質問した。それに対し、東京電力
「天然環境中レベルの範囲内のため、安全と判断」
と論点ずらしの回答に終始した。
暫定規制値(食安発0317第3号)は、厚生労働省が3月17日に発表した。
ここでのPu-238、239、240に対する暫定規制値は、
乳幼児用食品、飲料水、牛乳・乳製品が1Bq/kg、
野菜類、穀物、肉・卵・魚・その他が10Bq/kgである。


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「天然環境中レベルの範囲内」の根拠として使用されたデータがある。
上のキャプチャをもう一度よく見る。
「国内の土壌」の値として、文部科学省の「環境放射線データベース」に基づいている。
このサイトを利用すると、土壌中のPu-238とPu-239+240(和)の測定データを得ることができる。


さて、道具は揃った。


「天然環境中レベルの範囲内のため、安全と判断」にメスを入れよう。


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まず、Pu-239+240の数値から。
手っ取り早く情報を下の図に集約した。

データベースで過去全ての「身のまわりなど一般環境」を情報源とし、
得られたデータを整理すると、1999年から2007年の間の測定情報を得た。
内Pu-239+240の検出されたのは計851地点の土壌であることが分かった。
図の箱の下が測定値の25%点、上が75%点。
伸びた線分の上の端が過去測定された最大値で5.1Bq/kgだ。


1・2号排気筒から500m、750mの地点の土壌は共に1.2Bq/kgであり、
過去測定した測定値の75%よりも高い数値であることが分かる。
これ以外の、グラウンド付近、固体廃棄物貯蔵庫前、排気筒から1000mでは
過去の測定値の中央値および平均値に近い。


「天然環境中レベルの範囲内」ではある。
ただ、500m、750m地点の数値を「安全と判断」できるかは疑問だ。


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もっと問題なのが、Pu-238だ。
結論から言うと、今回の測定値は「天然環境中レベルの範囲内」でさえない。


1999年から2007年のBq/kgでの測定実施は1771回に上ったが、
Pu-238が検出された事例はたかだか233点の土壌のみであることが分かった。
これは全測定回数の13%程度で、まあ10回に1度測定検出されるかされないか程度のもの。
この検出率の観点だけでも、「天然環境」を引き合いに出すのは無理がある気がする。


ともかく、同じように図を描いた。

5点の内、Pu-238が検出されたのはグラウンド付近、固体廃棄物貯蔵庫前の2点。
そのどちらもが、過去測定された最大値である0.16Bq/kgを超えている。
過去233点の測定値は幅を持っていて、この最大値は全測定の1%以内の極稀な値。
それを超えている。


グラウンド付近、0.54Bq/kgは過去最大値の約3.4倍だ。


まだある。
ばらつきのある過去のデータを代表する中央値は0.022Bq/kg。
平均値は0.031Bq/kgだ。
過去、様々な要因で検出されたPu-238の代表的な数値といっていい。
この数値と比べた場合、


グラウンド付近、0.54Bq/kgは平均値の約17倍、中央値の約25倍だ。
固体廃棄物貯蔵庫前、0.18Bq/kgは平均値の約5.8倍、中央値の約8.2倍だ。


今回のPu-238測定値は「天然環境中レベルの範囲内」ではない。
まして、「安全と判断」とは、理屈に合わない。


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厚労省の暫定規制値(食安発0317第3号)を超えていると思われるが、どうか」
と問うた記者に対しては、
土壌中Pu濃度と暫定基準値のリストとは異なっており、単純比較できない、となるだろうか。


あえて比較したとしよう。1Bq/kg(乳幼児用食品、飲料水、牛乳・乳製品)という数値に対して、
最も高かった0.54Bq/kg(Pu-238、グラウンド付近)でも、それより低い。


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データベースとの比較から事実としていえるのは、以下。


>福島第一原子力発電所の周辺土壌は、日本国内において過去最高濃度のPu-238で汚染された。
>Pu-239+240は、過去の測定値と比べても濃度は高いレベルにある。


モニタリングを継続するとあった。
正しい情報収集に基づくことは、そう簡単ではない。
事態が「収束」することを祈るほかない。